「悔しさがすべての原動力」 24歳の時 正社員を辞めた、私の起業ストーリー

Members Only Media






「悔しさがすべての原動力」
24歳の時 正社員を辞めて、起業した。

 

私は24歳の時
正社員を辞めて、起業した。

まさか自分が起業するなんて
19歳でお母さんになった時は、思いもしなかったよ。

正社員のように今後の保証はないし
社会保険も年金も税金も
よく分からなかったし

たった1人で働くなんて
子どもや家族もいるのに
理解なんてしてもらえないし

恐いし、絶対無理だ、と思っていた。

でもね、産後復帰した会社で挫折して
子育てしながらの仕事〉が
こんなにも難しいなんて思っていなくて

しかも毎日フルタイム。

周りの未婚の先輩たちも
「こんな仕事ばっかり、なんになるのかな」と
途方もない未来にいつも愚痴を言っていた。

そんな環境の中で
自分がこのまま歳をとるのが恐くなって

「お母さん」に対する会社の不条理にも
ほとほと嫌気がさして

大好きなウェディングの仕事を諦めるほどの
大きな挫折を経験したんだよね。

私の夢は「これに間違いない」なんて・・・

格好つけて、語ってたのにさ。

その時、私は小さな頃から抱き続けた夢と
地元の名古屋を離れたことで失った
家族や友人の 〈〉を埋めることができなくて

途方に暮れ、夢も目標もない
鬱のような日々を過ごしている中で

・・・不意に、こう思ったの。

こんなことで、終わってたまるもんか。

ってね。

どう生きる?
〈手に職〉を追い求めて。

 

私の行動力の源は、間違いなく〈悔しさ

悔しかったの。
羨ましかったの。

若くて何でもできて
自由な人たちがどうしようもなく。

それでも、口をひらけば、人のせいにして。

前に進める余力は
いくらでも作れるのに
時間やお金や環境を言い訳にしてしまう。

私だけどうしてこんなに自由がないの?と

親になった責任に押しつぶされて
いつも苦しくなってた。

その反面

30代半ばで結婚して
子どもを産んだり結婚したりして
キャリアを手放す女性を見て

〈もったいない〉とすら思った。

私なら、どう生きる?
あなたなら、どう生きる?

まだ、20歳だった。
もう、お母さんになった。
だけど、肌はアトピーだった。

必死に考えて考えて考えて

周りに理解してもらえないなら
自分にしかできない
そんな仕事〈天職〉を探そう、と。

だって考えてみて?

私は娘と一緒に大人になるんだ。
1つ1つ歳をとるんだ。

〈普通の人〉は
みんな結婚や出産は後回しで
あとで大切なキャリアを削っていくけれど

私は保育からどんどん手が離れていく中で
速度は遅いかもしれないけれど
ゆっくり着実に
結婚や出産でもキャリアを手放すことなく

自分の居場所を、作ることができると。

1歳でも若い時に、気がつけてよかった。

人生を変えるタイミングに
早いも遅いもない。

20歳で私は気がついたけど
40歳で気がついても遅くないから!

「世の中の当たり前」なんて
気にして生きているから
自由なのに、自由を見失うんだ。

あの頃は
とにかく体力だけで乗り切っていたよ。

辛かったけど、生きた心地がしたな、と思う。

娘ちゃんが小さい頃は
朝6時に起きて離乳食を3日分作り置きして
母乳を搾乳して冷凍して

保育園に送ったら
そのまま会社へ直行して。

会社でも娘ちゃんの次の日の母乳を
ロッカールームで搾乳して
会社の冷凍庫を借りて、さ。笑

よくやってたと思うよ。

でも、あの頃は生きることに必死だったし
いち早く、自分だけの世界を作りたくて
とにかく必死だった!

この孤独な毎日を早く終わらせたくて

「若くして母になった私のことを
みんなに認めさせてやる!」

・・・くらいの気持ちだったのかも。強気ね。

仕事が終わると
先輩たちの視線に後ろ髪引かれながら 職場を後にして
娘ちゃんを迎えに行って
また家に帰ったら家事をして、ご飯を食べさせて
寝かせてさ・・・

お母さんであるパワーは、凄かったんだ。

まるで、自分じゃないみたいに。

その時の苦労を乗り越えたから
今どんなことがあっても
あの頃よりは辛くない」と言えるようになったし
「今だけ今だけ」と
嫌なことも忘れられるようになった。

 

自分のお母さんやお父さんは
私の生き方に
あまり口出ししなかったな。

寂しい時もあったけれど、今思えば
そっと見守ってくれたから
私はこんなにも強くなれたんだよね。

お母さんはいつも〈手に職があるといい〉と
看護師ならではの考えで
私に教えてくれていた。

その当時、私にはなんのスキルもなかった。

あったのは〈書く力〉と〈伝える力

あと足りないものは
決定的な軸になる〈手に職がつく技術〉だった。

よし、セラピストになろう!
やっと見つけた この道

 

私は不意に過去に通ったサロンで出会った
ある女性を思い出し
セラピスト〉という言葉に
心が踊ったんだ。

私はセラピストになれるかも」って
心が勝手に決めたんだ。

会社に辞表を出して「やめます」と伝えたとき
「逃げるな」と言われたけれど

・・・私は、逃げたわけじゃない。

お母さんである私が生きやすい場所を探して
卒業するだけだ、って。

もうウェディングの世界に悔いはない。
ここで得た営業力、企画力
世界観を作り出す力、想像力から司会進行力。

ここで得たスキルは
全てセラピストとして
起業する私の力になる。

あとは生きるための技術を学びに行きたい、と。

今更
美容師になるために、ネイリストになるために
国家資格を取りに行く時間や
お金の余裕なんてなかった。

セラピストやエステティシャンは
国家資格がなく
いつか自宅や
小さなサロンで起業することもできる。

よし、行こう。
私にも、できるかもしれない。

若いことも、親であることも
アトピーに生まれたことも
全て「武器」になると知ったの。

3年でサロンは卒業して
娘が小学校に入学する前に独立しよう、と
腹をくくったわけです。

買ったばかりのマンションの一室で
娘の部屋のためにと用意した場所を借りて
オーガニックマザーライフ」という名の
ブログと同じ名前のサロンを作る。

アメブロのURLは、ria life

このブログは過去を遡ると
娘の成長日記であり「手紙」だと分かる。

オーガニックマザーライフという名前も
私、というタイトルも

〈お母さん〉になった私の原点であるブログで
生まれたかけがえのない言葉。

もともと
オーガニックへの関心は強かった。

まだ競合店も少なく
オーガニックを推奨している
20代の美容家〉はどこにもいない。

そう、私しかいない。

この世界なら、私も
子育てをしながら、手に職を持ち、自信を持って
仕事を続けていけるかもしれない、と!

セラピストという仕事に、大きな夢を抱いて
私は投資をしたんだよね。

なんの根拠もなかったし
自信だってなかったけど

好き〉と〈得意〉が合わさったとき
この仕事が
とんでもなく私に合っていると感じた。

もともと運動部の私にとっては
1日480分のトリートメントも
苦しくなかったのよ!これが!

むしろ、こんなにも自分が健康的になれる
いい仕事はない!とすら思った。

人の素肌に触れると、喜びすら感じる。

痛みも苦しみも流れ出て
ひとつになれるような
そんな幸せな気持ちになれる。

この道で、私は間違ってなかった〉と

今でもそう感じるんですよ。

悔しさをバネに
人間臭く生きていく

 

全部吐き出せるほど
私も人として強くなんてない。

近くに残ってくれている
仲間たちは
きっと私のキラキラした一面とは裏腹に
人間臭い正直な27歳の私を分かって

大丈夫、大丈夫と

私が一番欲しい言葉をくれるのだ。

こんな私を強くするのは
あの頃失ったときの〈悔しさ〉が全て。

娘を育てていくための〈覚悟〉が
今の私を突き動かしていると思う。

格好いいシンデレラストーリーが
全ての人にあるわけじゃないよ!

私は人間臭く、ここまで生きてきたし

私は人間臭く、これからも生きていく。

セラピストになれた私は
自信〉と〈自由〉を手に入れた。

あとはキラキラだけで終わらない
確かな実績を、法人として積むだけ。

ここからは経営者としてのセンスも
磨いていかないと、ね。

坂田まこと

79,263 views

“ファンデーションを卒業する“ためのオーガニックトリートメントサロンを経営する坂田まこと、本人が書き下ろした初書籍2018.5.15に発売。 19歳で母にな...

プロフィール

ピックアップ記事

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。